想いの表し方

10日ほど前、闘病中だった私の父が亡くなった。

重い話をするつもりはないのだけれど、

その時の子供達の感情の流れについて、

ちょっとだけ書きたいと思う。

今年に入って父は、何度も三途の川の入り口を行ったり来たりしていた。

でも、コロナ禍。

何度か母の面会は認められたが、

県外者の私達は当然会うことも出来なかった。

その代わり、イマドキはリモート面会というのがあって、

ギリギリまで父の顔を見せてもらい、声をかけることができた。

どんどん痩せていき、反応が薄くなる祖父を、

子供達はじっと見つめるのが精一杯だった。

でも、おかげで、その時が近づいていることはよく理解していたと思う。

その日の夜、母から一報が入ったのは、

子供達が寝付いたすぐ後だった。

私は、まだ布団の中で起きていたムスメに

『聞こえたね?じーちゃん亡くなったよ。』

と言うと、ムスメは、

「うん」

と言った。

それからムスコの部屋へ行き、

もうほとんど寝てしまっていたムスコを揺さぶって起こす。

「なぁに?」

と言うムスコに

『じーちゃんがさっき亡くなったよ。』

と言うと、

「え!今?さっき?!」

と叫んで、わーっ!!と泣き出した。

ムスコはなかなか泣き止まなかった。

「会いたかったー!じーちゃんにもう一回会いたかった!!」

と言って、私の腕にしがみついていた。

『じーちゃんは、ムスコの事、大好きだったよ。』

と抱きしめると、また声を上げて泣いた。

しばらくして、

「だめだ。泣き止まなきゃ。悲しいのは俺だけじゃない。ママの方が悲しいんや。」

と、拭っても拭っても落ちてくる涙を拭い続けた。

ムスコの手を取って、

『みんなが悲しいよ。ママの方が、なんてない。泣いていいんだよ。』

「いいの?」

『もちろんいいよ。だって悲しいんだから。』

『でもごめんね。ママ今からじーちゃんとこに帰る準備しなきゃいけないから、行くね。』

「うん」

ムスコの部屋からは、しばらく泣き声が聞こえていたが、

そのうち寝てしまったようだった。

母は、コロナ禍ではあるけれど、

お葬式には私と兄の家族を帰らせて、ごくごく少数の家族葬にするつもりだった。

なので、すぐに荷造りを始めた。

バタバタしていると、ムスメが部屋から出てきた。

「どうしよう、ママ。悲しいはずのに、何の感情も沸いてこない。」

「ムスコはあんなに泣いているのに、私は涙一つ流れない。」

「じーちゃんに申し訳ない。」

思いつめた表情だった。

以前から、

「ママ、私泣けなかったらどうしよう。」

と言っていたが、実際に感傷的になれなかったことにかなりショックを受けているようだった。

『それは人それぞれだから、仕方ないよ。』

「でも、お葬式で、いつものように機械みたいな無表情で、泣きもせずにいたら、非常識なんじゃないかな。」

「ばーちゃんも、悲しむんじゃないかな?」

『大丈夫だよ。ばーちゃんはあんたがAIなのは知ってるし。』

『あんたはあんたなりに、じーちゃんを送ってあげたらいいんだよ。』

『ただ、周りの人の事を考えて、場にそぐわない態度をしないように気をつけなさい。』

「場にそぐわない、、、?」

『変なところでゲラゲラ笑うとか、自分の趣味の話を延々するとか。』

「分かった。気をつける。出来なかったら、ごめんなさい。」

そう言って、布団に戻っていった。

翌日私達は実家へ帰り、

ほぼ一年ぶりに父に会った。

あまりに小さくなって変わってしまっていて、正直父だと思えず、全く実感が沸かなかった。

帰省してからは、じーちゃんの好きだったものを棺に入れてあげるのだと、

子供達もいろいろ手伝ってくれた。

食べ物はもちろんだけど、

野球のユニフォームや、バットも入れた。

キャプをかぶせると、みんな「じーちゃんかっこいい!」と喜んだ。

けど、なぜだか、ピッチャーだった父のグローブだけどうしても見つからなかったので、

葬儀屋さんのアドバイスで、オーダーメイドのカタログを持たせた。

(どのみちグローブには金具があるので入れられない)

納棺が終わって、お通夜が終わって、

葬儀屋さんが、

「シンプルな棺だから、お別れの言葉や、絵を描いてあげられてもいいですよ。」

「明日の出棺までに、ぜひ描いてあげてください。」

と言われたらしい。

私は聞いてなかったけど、

気が付くと、

ムスメが、一心不乱に棺に絵を描いていた。

夜中の3時まで、ムスメは絵を描き続けた。

八雲の間に現れる龍虎

そして野球のボールを手に持った阿弥陀如来。

まるで1枚の掛け軸のような絵を描き上げた。

「じーちゃんが安らかに天国へ行けるように」と、

手を真っ黒にして、それはそれは立派な絵だった。

(イラストは私の画力のなさゆえ、落書きとなっております。ムスメの絵の方が100倍上手いです。)

私の画力では残念ながら再現できず。

翌日、絵を見たばーちゃんも、親族も、お寺さんも、葬儀屋さんも、びっくり!!

お寺さんが、「こんな棺があるんですか?」と言われ、

ばーちゃんが「孫が描きました。」と言うと、

お寺さん「芸大生さんでしたか?」

ばーちゃん「いえいえ、中学生です。」

お寺さん「それはそれは。唯一の棺ですね。素晴らしい。」

と言ってくださった。

親族も、「私の棺にも描いてもらわないかんな」とか

「じゃあムスメは「棺絵師」になったらいい」とか

いろいろ喜んでもらって、褒めてもらった。

それを聞いたムスメは、

「私、役に立ったかな?じーちゃん嬉しいかな?」

と、少しそわそわした感じで聞いて来た。

『もちろん、みんなすごいって言ってるし、喜んでるよ。じーちゃんだってきっと喜んでるよ。』

「やったー!!」

みんなのように感傷的になれないことを、ずっと引きずっていたんだろうな。

たまたま、自分のできることで想いを表現できて、

背負っていたものを消化できたんじゃないかな。

ムスメの描き方は、本当に感情をぶつけているような描き方だった。

障害の名前は同じでも、ムスメとムスコは全く違う。

感情の海がほとんど波立たないムスメと、

常に荒波のムスコ、

両方極端で、疲れるだろうな。

けど今回は、

ムスコは泣くことで、

ムスメは絵を描くことで、

感情を表現することができて良かったのだと思う。

しかし、ムスコは完全なる芸術家肌だが、

ムスメは研究者肌なのか、芸術家肌なのか、未だによくわからない。

本人も、将来を模索するうえで自分がよくわからず悩んでいる様子。

まだまだ、大いに悩んで道を見つけてもらいたいものだ。

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