年齢との整合性

赤ちゃんの時からあまり表情のなかったムスメ。

しかし、「ど」がつく田舎に引っ越して、理解ある幼稚園に通いだして、変わった。

よく泣いて、やたら怒る。

でもよく考えたら、逆によく笑っていることにも気づいた。

私と話していて、お友達と一緒にいて、父親と遊んでいるとき、一人でぬいぐるみと。

ケラケラケラケラよく笑う。

それまでにない光景だった。

医師にそのことを話すと、

「感情が出せるようになってきた。初めて会った時は能面みたいだったよ。

 今はずいぶん柔らかくなったね。

 いろんなことが、いいように作用している。」

と言われた。

「この子は実年齢よりずっと上に見えるから、周囲はそれに合わせた接し方をする。

 でも実際はやっぱり3歳(当時)。

 物事をよく理解していることと、自分の気持ちとの整合性は別。

 泣いたら、どんな理由であれ「よしよし」でいい。

 せめて親だけは、3歳半だと理解してやって。

 でないとしんどいよ。」

とも。

うーん、深い。難しい。けど単純。

確かにムスメは、当時から部分的にとても幼稚だった。

話していると『お前はいくつだ?』と思う事がしばしばだったが、寝ている姿はまぎれもなく3歳半だった。

今のムスメは、話していると中年のおっさんか、アンドロイドにしか見えない。

当時以上に、周りが見る年齢と、中身の幼稚さのギャップがとてつもなく開いてしまった。

それに、田舎から町に引っ越して、小学校になり、だんだん高学年になるにつれて、

また表情は消えていった。

自分への負荷、自分で考えて処理しなければならないこと、がどんどん増えたからだ。

それは年齢が上がれば当然のことで、やむを得ない。

年齢が上がるにつれ、ムスメはそのギャップや自分ができないことに悩まなければならなくなった。

結果、AIのような人間になってしまった。

それが悪いとは言わないけれど、、、

もっと生身の人間の気持ちが理解できるようになってほしい。

自分に対しても、人に対しても。

私が多くを求め過ぎたのかもしれない。

親だけでも年相応に、と言われていたのに。

いっそ、田舎の古民家を買って移住しようかと、何度も考えた。

あそこなら、ムスメもムスコも手放しで受け入れてくれる人がたくさんいて、

特にムスメは、ずっとずっと自分らしくいられる。

自分らしくいることを、よいと思える。

また「ハイジ」に戻るかな?

でも、将来のことを考えると、ずっとぬるま湯に浸かっているわけにもいかないと思った。

この子たちには、それなりに厳しい道が待っている。

それを自分で受け止め、乗り越える力がいる。

今ムスメは中学生だが、やはり中学生だと思うと腹が立つことが多いから、

小学生だと思わなければ。

ムスコは3年生だが、社会性はまだまだよちよち歩き。

頭では分かっていても、難しいなぁ。

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