褒める、難しい~自己肯定感を上げる~

私は褒めることがすごく苦手だ。

苦手どころか、方法が全く分からない。

子供の頃、病気があった私が心まで弱くならないよう、母は厳しく育てることにしたそうだ。

当時の私は、母の厳しさに応えることに何の疑問も抱かず、必死だった。

勉強も、人としても、良い結果を残して周りに認められる事だけが、大げさだが生きる意味だった。

隣でいつものほほんとマイペースに生きている兄は、私以上に体が弱かったので、

皆が彼を助けるのも、生きてるだけで褒められるのも、仕方のないことだと思っていた。

でも私は、もともとそんなできる人間じゃないので、常に中途半端だった。

ずば抜けて頭がいいわけでもないし、運動も特に得意じゃない。

正義感から、先生に反発して対立したことも多々あった。

だから、褒められた記憶はあまりない。

大学になって親元を離れ、私の事を認めてくれる友人や、努力を取り上げてくださる教授に出会って、

初めて、認められるという事がこんなに嬉しいことなのか、と感じた。

頑張ったことをよく言ってもらったら、素直に喜んでいいのだと。

しかし旦那は基本亭主関白。

古き良き日本の家族の在り方を正しいと思っている人。

嫁は三歩下がって歩いてくる、くらいに思っていた人。

なので、当然、ダメ出しはいくらされても、褒められることなんてないし、

働いている人が偉いので、体が悪くて働けなかった私は認められることもなかった。

そうやって、だんだん、私の自己肯定感というやつは消えていったんだろう。

母は私の為にその育て方を選んだのであって、別に母のせいだなんて思いもしない。

ただ、「褒め方がわからない」という重大な欠陥が生まれてしまったことは事実だ。

増して私の二人の子供達にとって、「褒められる」ということは物凄く大切なことなのだ。

発達障害のある子供達は、どうしても普段から叱られたり注意を受けることが多い。

なので、自己肯定感が育ちにくい。

でも、自己肯定感が低いといいことなんかないのは、私が一番よく知ってる。

だから、なんとか、自己肯定感を上げてやりたい。

そのためには、「褒める」ことが一番大事なんだ。

ところが、ただでさえ「褒め方」が分からないのに

子供達の方は「褒められ方」が分からない。

「目に見える」褒め方でなければ、褒められたと認識しないのだ。

絵本を何冊読んだ、おやつを買った、ゲームをした、ハグを何秒した、シールをもらった

そういう具体的な「見える」ポイントがたまらないと、

自分は褒められた、と認識も満足もしない。

小さいうちはいろいろ葛藤し、できるだけ手間の方でカバーしてきたつもりだ。

ムスメは、大きくなって、「褒められる」ということはそういうことじゃないと分かってきた。

理解してくれて本当によかった。

でもそうなると、ちゃんとした「褒めるリアクション」を求めるようになった。

今ムスメは、当時の私のように、私に認められるために必死だ。

勉強も、私に褒められるためだけにやっている。

それじゃダメなのに。

でも原因は、私が褒めない、上手に褒められないからだ。

テストの結果も、一般的には良くても、目標達成できていなかったら、

私は『うーん』と言ってしまう。

どうしてもそれで認められないし、一言いいたいのをぐっとこらえても、言葉が出ない。

子供を褒めよう、許そうとするとき、どうしても自分の記憶に邪魔される。

じゃあどうして私は褒められなかったの?

じゃあどうして私はゆるされなかったの?

あんなに、あんなに頑張ったのに。

そして混乱して、何も言葉が出なくなる。

いいかげん、過去の自分を断ち切らないと、子供達まで不幸にしてしまう。

「自分はこれでいいのだ」と思ってもらいたいのに

その一番の邪魔をしているのが私だ。

でも、本当に分からない。

どうやって、褒めたらいいのか。

子供達が小さい頃、眠るとき毎晩「大好きだよ」と言っていた。

今は照れ臭いので、のぞいたとき寝てしまっていたらそっと言っている。

どうかそれだけでも、子供達の心に残って欲しい。

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