ムスメの幼稚園と嬉しかった言葉

ムスコがイベントが大の苦手なのは、以前にもなんとなく書いたと思う。

ムスメは、むしろ得意な方だった。

いや、得意というよりは、必要以上に張り切ってやらかすと言うか、、、

保育所のころ、園のイベントは私にとって苦痛でしかなかった。

運動会とか、発表会とか。

ムスメの姿はそりゃあ楽しみだったけど、正直そんなもの楽しんでいる余裕なんて全くなくて、ムスメを追いかけまわすばっかりだった。

そのことは、また今度書こうと思う。

幼稚園になって、そんなムスメも成長したのか、ちょっとは安心して観衆として座っていられるようになった。

まぁ、保育所と幼稚園では方針も色も違うから、そういうのもあるんだろうけど。

保育所は運動会とかは親が見ていないといけないけれど、幼稚園は親はあくまで応援するだけ。「観る」側だった。

とりあえず、体のどこかがそわそわ動きながらも決められた枠からは出ない。

座っていなければならないときは、(だいたい)座っていられる。

みんなの流れに従う。

自分の出番にきっちりやるのは以前と同じ。

成長した!

でも、音楽祭では、朝にもかかわらず、目をこすりあくびしっぱなしでで始終やる気のない顔。

(本人いわく緊張していた、と。)

ステージの真ん中で「眠い」となかなかでかい声でぼやく。

七五三会では、神父様(園長先生)のありがた~いお話の最中に最前列で堂々と寝る。

ゆれて椅子から落ちそうで、ずっと先生が支えてくれていたらしい。(見えなかった)

毎週お祈りの後、教会の神様に一人ずつ「さようなら」を言って教室に帰るのだが、後がつかえているにもかかわらず、ムスメだけひとりブツブツ「お別れ」が異様に長い。

先生に「ムスメちゃん」と言われると、「神様にお話があるんや!!」と逆切れ。

こんなKYな人なのに、ムスメの周りの人たちは本当に暖かく、笑って見守ってくれた。

周りの子供達も、「も~」と言いながらもよく面倒を見てくれた。

幼稚園のイベントの度、みなさんにご迷惑をかけたり、笑いを提供してしまっていたので、このころ初めて、一番親しかったお母さんに「発達障害なんだって」と話をした。

彼女は、「え!?そうなん?うーん、私や○○(彼女の娘さん)にとってはどうでもいいかな。

私は今のままのムスメちゃん大好きだから」と言ってくれた。

その言葉が嘘ではないのが分かるから、本当に嬉しかったのを覚えている。

こんな環境じゃなかったら、きっと私はムスメのことをもっと受け入れられず悩んだに違いない。

もともと「この子はこの子でいい」と自信なさげに思っていたことを、周りの人達が後押ししてくれているようだった。

KYでいつも何かやらかす、普通じゃないムスメが、私も大好きでいられた。

いつもムスメを囲んで笑いが絶えず、それを見ているのも好きだった。

まさしく、ムスメは「アルプスの少女ハイジ」のようだった。

あるとき何気にムスメに、『いつもそんなに長く、何を神様とお話してるの?』と聞くと、

「ママの病気を治してくださいって。ママの病気が治るために、今週はこんなことした、でもまだ治らない、今度は私は何をしたらいいですか?って聞いてるのに、先生邪魔するんだよー!だから怒ったの」

まさかそんな事だったなんて。

『でも神様の声は聞こえないでしょ?』というと

「聞こえる!いい子にしてなさい。元気でいなさい。って言ってると思う!」

と言っていた。

私は特に信仰はないけれど、ムスメの気持ちにとても感動して嬉しかった。

治らなくてごめんね。

でも、元気は出たよ。

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